たった一人のwake. (2008.10.16)

昨晩、大叔母が亡くなった。

10日ほど前にそう長くないという連絡受けて
先週末、両親は90半ばの祖母を車に乗せて
名古屋までお見舞いに出かけた。

夏前、大叔母から電話があった。
ここ数年、足を悪くしていたこともあり
以前のようにうちに遊びに来ることもなくなっていたが
祖母に会いたいのだという。

そのときは耳が不自由な祖母とは電話でうまく話すことができなかった。
手紙を書くからと言っていたが、すでに良くなかったらしい。
とうとう便りは届かなかった。

末期のガン。

祖母と大叔母はいくつ離れた姉妹なのかよく知らないのだか
丈夫なうちの祖母と同じく大叔母も体格がよくハキハキしていて
実年齢より若く見える。

そんな印象だった。

本当の病名は知らなかったが、数年ぶりに再会した姉妹は
言葉には言い表せぬ最後の挨拶をしたのだと思う。

たった一時間。

帰ってきた祖母は長旅にもくたびれず
思いのほか気丈だった。

「あれはもう長くないね」

覚悟を決めるように目を閉じてつぶやいていた。
それから3日。


お通夜には仕事で行かれない父の代わりに
母が行った。
叔母たちも行った。

私は夜、仕事から帰ってきて大叔母が亡くなったことを知った。
そして、90半ばになってもなおひとりで家事をして家を守っていた祖母にも
少し驚いた。

母が帰ってくるのは23時半。

早く寝るように言っても祖母は寝ない。
しょぼしょぼの目をこすりながら、起きている。

あの人に行ってもらってるのに寝るのは悪いと
母に気を遣っているようだが、これは祖母のなかでお通夜なのだ。

夫にも娘にも、そして妹にも先立たれ
心が強くなってしまったのかもしれない。
泣いたりはしない。

きっと祖母のことだから
大叔母のようにご飯が食べられなくならないように
適度な運動も心がけてしっかりと食べ
(そのうえこっそりお菓子も隠してしまっておき)
このこともバネにして乗り切ってしまうに違いない。

いつか彼女が心地よく眠りにつくそのときのためにも
私はこの祖母を心から大事にしようと思う。
















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[妄想シンドローム]、[trip...]
[monami monde japon] を経て
2006年春、[calme MMJ] へ


[妄想シンドローム]が公開されたのは、まださわやかな空気に包まれていた2001年8月16日の早朝。【html】という言語が色や形を織り成すさまが感動的で、とり憑かれたようにcordingに没頭した。 そのとき、かつて閉ざした表現の世界に再び光が射すのを感じた。

きっかけは他者とのコミュニケーション。表情や言葉の硬い私にとって、コミュニケーション活動はコンプレックスだった。しかし、相手に自分をわかってもらうために、相手を理解するために、自分の壁を越えたいと思った。うまく吐き出せなかった感情は絵や文章や写真となってこのサイトで他者に開くことができた。

その後、webデザインの仕事に携わるようになり、一旦はwebやデザインを客観的に捉えざるを得なかったが、2006年4月より、再び自分自身の日常の言葉を表現するinnerなメディアとして[calme MMJ]をスタート。




monami
1980年7月30日 鎌倉生まれ。
大学でメディア論・広告論を学び、インターネットの世界に興味を持つ。在学中より個人サイトを運営。 自らの課題「表現すること」と独特の視点で学んだ「インターネット構造論」「メディア身体論」を生かして、美しいだけでなく心地よいサイトを作りを目指している。
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ほっとけない 世界のまずしさ

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