すべてを忘れて想いを込めて、私はお菓子を焼きましょう。 (2006.8.27)

どんなときもひとたびものづくりをはじめると
ただひたすら感動のスペクタクルを求めて
作業に没頭できる。

はじめることができれば、の話ではあるが。
やはりものを作るのにもそれなりにパワーが必要なので
最低限の条件が揃わなければはじめられない。

その中でこれが欠けてしまっては
あまりいいものができないと思えるものがある。
お菓子でいうとバターのようなもの。

上質なバターをであればあるほど風味をよくするのと同じく
それが上質であればあるほど
多くの人が深く感銘を受ける作品になるのだと思う。

必要なのは本当の優しさ。


















【review】 独白ニュースレター / 松浦弥太郎 長尾智子
(2006.8.17)


最近、本当にお菓子作りやお料理が楽しいと感じているのだが
そのお手本となっている方のひとりに料理研究家の長尾智子氏がいる。

きっかけはよく読む雑誌に連載されていたお菓子のレシピだった。
材料の配分やプロセスカットを見てこれはおいしいに違いないと思った。
やっぱりとってもおいしいものばかりで
今年に入ってから長尾さんのレシピをいくつか入手した。

お菓子の内容はもちろんなのだけれども
付加価値的にその中の道具のカットや長尾さんがキッチンに立つカットにも
心を動かされてしまうのは私の本好きがそうさせるだけではない。

その長尾さんがお菓子を作る現象、時空自体がアートになっていて
私は憧れのライフスタイルというものをそこに見た。
主婦の趣味でもいいから
いつかあんなキッチンに立ってお料理をしてみたいなと思うのだ。

独白ニュースレター」はそんな長尾智子氏と
COW BOOKSの松浦弥太郎氏の往復書簡集である。

松浦さんについては、私はまだそんなに詳しくはないが
ちょっと調べてみると奥行きのありそうな方である。
ぜひ、「くちぶえカタログ」を読んでみて松浦さんについてはまた書いてみたいと思う。


先にも書いたが、この本はお互いがお互いへ送った「手紙」を載せた本だ。
おそらく何らかの編集(というか出版にあたっての調整)や
手紙以外でのやりとりもはさんでいるとみられて
お二人の文章を交互に読んで一つの筋が通る物語のようには書かれていない。
本にまでなるのだから、やっぱりプライベートすぎるいわゆる「文通」ではなく
料理研究家として書籍商としての随筆合戦のような具合である。
このあたりが「独白」とされる所以なのだろう。

ただ、それが形式的なマスへ向けた文章ではなく
やはりお互い相手の一個人に宛てた手紙なのだと思わせる
信頼感のようなものが感じられる。

お互いの日々の深層にある複雑な感情を行間に感じたりするのも
時折見せる長尾氏のなんとなく肩をすかすようなそっけない感じも
二人が手紙をやりとりする信頼関係ゆえにだと感じた。

皆さんは最近手紙のやり取りという行為をされているでしょうか。
私はたまに旅先から友人がハガキを送ってくれたり
会社を退職される先輩や同僚に手づくりお菓子と一緒に
短いメッセージを贈ったりするのみで
紙というメディアに想いを綴って誰かに送ることも少なくなってしまった。

本書の書簡についても紙媒体でないものもあるかと思うが
「手紙形式」での文章のやり取りには
そのときそのときの「自分のまとめ」が込められているのだと思う。

ちょうど、長尾氏と松浦氏のように私にもよくメールのやり取りをする男性がいる。
彼とは知り合ってもうそろそろ6年が経つ。
隣の市に住む2人は、遠く離れた郡山で知り合った。
何度も文章にはしているが、大学時代に行った免許合宿で出逢った仲間である。

彼らとはいまだに連絡を取るし
時を経るたびに特別になっていく感じがする。
みながあのときの偶然を幸福に感じているからだ。

そういう出逢いだったからか、その彼がロマンチストだからか
やり取りするメールは連絡事項というにはあまりにも長いものだ。

単に今度の飲み会の予定を連絡するのにも物語仕立てになっていたり
それ以外のよもやまメールでも
日常にちょっと感じたことを
きっとお互い会社の休み時間の一人のときなんかに
簡潔にまとめたりしないで表現したいように綴っては送り合っている。

そこで議論が生まれたりする。
時には感情的になって彼を困らせることもあるし
周りから見たら会うか電話するかして話したほうが早くない?というような
やりとりだったりする。

しかし、少なくとも私は
「私たちは文章だからこそ伝わるものをやり取りしている」という考えなのだ。
だから私は基本的に彼とのメールは「手紙」だと思っている。

今春結婚した彼は表現にも生活がでるようで
とても穏やかな面が広がったように思う。

一方私は一時的にヒステリックなのでとげ丸出しの文章を返している。

いつかこんなやり取りについて
あのときはああだったね、とか笑い話になるもんだと思って
遠慮なんてしないだけなんだけれども。

こんな2人だって会えば世間話もするし酒を飲んではしゃいだりする。
そう考えるとこの往復書簡以外での長尾氏と松浦氏のやりとりが
どういうものなのか想像するのも楽しくて
また、お二人やお二人を取り巻く人間関係にも
いい大人への憧れを抱いてしまうのだった。












【review】 かもめ食堂 / 群ようこ
(2006.8.16)


今回、定期的にレビューを書いていくと言ったが
ここでのレビューとは広い意味でのものということにして
それぞれの作品から随筆的に派生させていく部分が多いということを
あらかじめ断っておく。

書籍は万人に対して開かれている。
レビューされるべきは読み手がいかにその作品を思い入れたか、
という点ではなかろうか。

という持論を初めの挨拶として、1本目のレビューをしていきたいと思う。

***

私は「やっぱり猫が好き」が大好きだったと記憶している。
というのも当時の正確な記憶はないのだが
とにかく、小林聡美が猫に向かって淡々と話しかけていたりする像に
非常にわくわくしながらテレビに食い入っては
「コバヤシサトミさんって面白い人だなァ、好きだなァ」と思っていたのである。

それから、もたいまさこ、室井滋、小林聡美の絵面は
私の中で「楽しいこと」のアイコンになったのだ。

しかし、現在までの間に「やっぱり猫が好き」がきっかけで
同番組のメイン脚本家の三谷幸喜さんと小林聡美さんが結婚したとか
最近も番外編的に復活していたりだとかは知らなかった。
好きよ好きよとは言ってもそれほど熱心に情報を追いかけていたわけではないのである。

ただ、今年に入ってからたまたま小林聡美さんのエッセイを読んだりして
日常の些細な出来事と格闘しているちっちゃくてかわいらしい小林さんが
ますます好きになっていた。

もうこれは同じ女性としてうらやましい、というところにまで
熱が上がってしまったのだ。

そうなるともちろん小林さんが「かもめ食堂」主演であることも知っていた。

春に銀座で映画が公開されたときは生憎都合がつかず
いまだに映画を見ていないのではあるが
このように「かもめ食堂」については
映画のほうが先に私の中で騒がれていたわけである。
当然、群ようこさんが原作を書いていたことも知らず
「小林さんがなんでもフィンランドで撮った映画に出ているんだってよ」という感じ。

前回の文章でも書いたが、群ようこさんの作品については
先に「ぬるい生活」を読んでいたのだが
続けて「かもめ食堂」も読んでみて
やっぱりな的に群さんも前述の「楽しいこと」のアイコンに加わった。

ストーリーはほんわかとした女の自立モノであるが
その中に広がっている風景は「やっぱり猫が好き」めいたアドリブ笑いを誘うものだ。

物語であるのだけれどエッセイのような作り込み過ぎない表現や展開が
妙にリアルであり、その正直さが笑いを誘う。

小学生の頃、大好きなバンドのツアーのバックステージを追いかけた
ドキュメンタリー本をよく読んでいた。
そのバンドのメンバーと親しいライターがツアーに同行して
ツアーに向けての合宿やリハの合間のメンバーたちのやりとりを綴ったものだ。

それと同じ香りがするのが「やっぱり猫が好き」であり
この「かもめ食堂」だ。

そんなやわらかくて肩のこらない余白のある描写に
「ころっころに太ったかもめ」のテクスチャを感じては
登場人物たちにほお擦りしたくなるような愛おしさがこみ上げてくる。

最近のストーリは神経質な展開が大好きで
良くも悪くも「現代」風な気がするのだが
そういういわゆるテンポが読ますストーリではなく
言葉の描写が読ますストーリはそう多くはない。

ある女性が日本にはあまり馴染みのない北欧で食堂を始める。
そこに二人の日本人がやってきて…というシンプルな物語ではあるが
心に満足感を与えられるのはそこによそ行きではない言葉による等身大の日常が広がっていて
「あぁ、なるほどね。うんうん」
「ま、そらそうだわな」
「あら、そんなことしちゃうの?しちゃうの?あ、しちゃった〜」
という具合に「はいはい」と納得できてしまうところによるのだ。

私たちはそのようなリアルを想像させるストーリに
本物である安心感に近い重みを感じているのだ。

私はこの本を読んで、今後の自分の読書の中に
「随筆家の書いた小説を読む」というコースを新設した。












ぬるく生きるための決意こそ無意味だろうけれども。 (2006.8.14)

気が済むまで何度も書くつもりではあるが
自分の体が自分でコントロールできない感じが続いている。

以前にもストレスが原因と言われじんましんや頭痛などが出たことはある。
しかし、それらは受診をすれば安心して、大抵2〜3日後には治り
本当にストレスが原因だったのだろうかと思ったりしていた。

それが今回ばかりはかれこれ半月以上症状が治まらない。
こういうのがストレスを感じているということなのだな、と思った。

確かに、色々なことが自分の中で複雑に絡まって窮屈にしか感じない。

こういうときに自然に身を任せることができない私としては
よく気を紛らわす目的で自分に負荷をかける。
その先に高く晴れやかな青空があることを期待してしまうのだ。

若いうちの苦労は買ってでもしろ、がもたらすものみたいなニュアンスである。

自分の方こそそんな言葉をかけて欲しい状況なのに
同じような心境の他人に労いの言葉をかけたり
寛容な態度をとってみたり。

それで気が紛れたりする瞬間があればこの作戦は成功なのだが
嫌な予感がしつつも全然気乗りしない誘いに出かけて行って
結局わがままな女の暇つぶしに付き合わされたときなんかは

「あのー、誰かこの娘のスイッチ切ってくれないですかねー?」

とか、本気で思ったりして
口角を上げるための筋肉が一気に萎えるのを感じたりした。

あああ、書いていて本当に腹が立ってきた。

だから余計なことはせずおとなしくしておけ、と言われても
私は基本的にストレスは人からふりかけられた災難だと思っているので
心に影が差し、覇気なくシュンとしているのは
そいつらに負けている気がして癪なのだ。
余計ストレスがたまってしまう。
だから「おまえらの思う壺にはまってたまるかー!」と状況に逆行するのだ。

そこに問題があるのではないかと言われても
いろいろな状況を整理して考えてそう思うのだからしようがない。

自分の周りに起こるマイナスの出来事を降って湧いた災難だと思わず
自分に原因がないかを冷静に見極めるのは当然だ。

しかし、しかし今回ばかりは何度そう考えてみても
「おまえらいい加減甘えてんじゃねーよ」としか思えないのだ。

確かにそんな憤っている人間をハタからみたら見苦しいけれども
残念ながら、今の私は「どいつもこいつも」とカリカリしてしまう状態なのだ。

そんなこんなで、気晴らしに人にでも会ってテキトーに時間を過ごしたいが
会って気分が落ち着くのは限られた人間だけであり
誘われたままに出かけて行っては
いつなんどき私の火山が噴火するか知れないわけで
これまたストレスがたまるWebの仕事をこなしつつ
夜な夜なカフェへと繰り出す日々なのだ。

我慢しないとちょっとした勢いでここまで書けてしまう自分が怖い。

まあ、それでも最近はちょっとずつ怒りのボルテージも下がり
前回の文章にもあるように、本でも読んでみることにした。

それも、今後のためなど考えずに
ぶらっと書店に行き、適当に足をめぐらした。

そして「女性作家」と括られたコーナで
それが今更なのかどうか私にはわからないが
挿し絵も装丁もかわいいし、何よりも小林聡美のファンなので
かもめ食堂」を買ってみることにした。

作者の群ようこさんの本は今までに読んだことが無かった。
どのような文章を書く方なのかわからなかったので
その他の著書も眺めてみた。

そこに、「ぬるい生活」というタイトルのものがあった。
帯には「そんなにがんばらなくても、いいと思う」と書かれている。
なんだか読みたくなってこれも買うことにした。

かもめ食堂」はレビュー用にして
まず、「ぬるい生活」を心の活力にとマックに寄って早速ページをめくってみた。
(最近のマクドナルドは空間を整備することに力を入れているようで
ヘタなカフェに行くより使えるようになったのがプチ幸せ)

テーマはずばり「更年期」。
私には早すぎるが、最近では若いうちから更年期の症状が出る人もいるし
あながち関係なくもないかもしれない、という気で読んだ。

趣旨としては、更年期を受け入れて気長にのんびりやっていこうというもので
群さんとそのご友人たちの更年期の症状を日常の風景を交えて綴ったエッセイだ。

更年期特有の「自分の体が自分でもどうなっているのかわからない」という状態と
それによるストレスについて、決して深刻ではなく小気味良く書かれている。

読み出したら、なんだか納得できるところ笑えるところが多々あり
心の緊張が少しだけ解かれた気がした。

ただ、それだけが感想なのであるが
一言で「もっと楽にやんなよ」と言われるのとは違って
読んだ分、時間をかけた分だけ、カラダで「楽にやる」ことを認識したようである。

焦ってはいけないのだ。
大丈夫、と群さんは教えてくれた気がした。












夏休み前に読書感想文を書き終えていた少女は
今夏、その意図を知る。 (2006.8.7)


ここのところ病院通いが続いている。
仕事を辞めて保険証がなくなった途端、この有様である。
市役所へ行って手続きをしたりしていたら
なんだか、安静どころではなくなってしまった。

オマケに日焼けして肌が荒れた。
うーん、夏が苦手になったものだ。

どうやら重責から解放されて気が緩んだようで、持っていかれた。
症状として痛かったりだるかったりすることはないのだが
お医者様は、いわゆるホルモンバランスの崩れだろうという。

朝は家族に突かれながらも気が済むまでごろごろし
起きたと思えばそろそろ携帯電話を変えようかしらんなどとパンフを読みふけり
前々から興味のあった長尾智子さんのレシピ本を入手しては何を作ってみようだとか
部屋をオフィス風に模様替えをしては「真柴Design研究所」を気取ったりしている。

呆れるほどのんきに過ごしているが、全部見せかけだ。

本当は不安で仕方がない。
いつだって気を許すと涙が出そうだ。
無意識に歯を食いしばっているのだか
鏡に映った顔はひどくへの字口。

ブサイク。

楽しいことをしようと思って何か初めても余計辛くなるし
何もしなければ焦燥感に押しつぶされそうになるし
結局安心するためにすることといえば
採用情報を見ることだったりする。

落ち着かなければ。
考えるべきことを考えて職を選ぶのだ。
とりあえず、就職をしている歳じゃない。

と、なんとかこらえて「そうだ、文章を書こう」と。


最近実感しているのだけれども
自分が散漫になって落ち着きがない状態になると
文章を読んだり、書いたりすることができなくなる。
書いたとしても、感情を吐露するのが精一杯だったりして。

ということは、文章を書くこと、読むことによって
自分を冷静に保つことができるのではないか、と思った。
おそらく、それは間違ってはいないだろう。
読み書きをすることというのは、理性が統率をするものだから。

そういうわけで、10月までには再就職をすることにして
その間、理性を保つ方法として、定期的に読書感想文を書いてみようと思う。
大人的に言うと、レビューである。

なるほど、と20年近くの時を経てうなずけた。

近所の神社にはあの頃と変わらない縁日の風景があった。
お餅みたいな生地のクレープの味が懐かしい。












YUMEGIWA NIGHT CRUISING. (2006.8.3)

私は運転免許を持っているが車を運転しない。
理由は様々だが、一番の大きいのは
私の運転に不安を抱く家族に制止されているからだ。

自分で言うのもなんだが、私は運転がうまい。
うまいというか玄人じみた運転をする。
教官にも「あんた2度目かい?」とか言われたくらいだ。

昔から車での移動が多かったからか
感覚がカラダでわかっているのだと思う。

だから運転してもなんら問題はないと思うのだが
家族からするとそういう油断が心配らしい。

わからないでもない。
(以前、キャンプで借りたレンタカーを運転して
 ブレーキのゆるさに友人をおびえさせた。大丈夫だから。←危ない)

私を心配しているのか車を心配しているのかわからないが
乗るのであれば自分で車を買ってから、ということになりそうだ。

今のところ通勤・外出などにはほとんど必要がなく
むしろ邪魔になる感じもする。

しかし、ローカルを移動する時にはあったほうがいいと思う。
とくに現在休暇中の私は、夏だし、海沿いでmuseしたくなることが多々。
友人にも茅ヶ崎の日常を紹介したかったりする。

カフェを巡るにも、雑貨屋をのぞくにも
それぞれのショップが点在する茅ヶ崎ではやはり車が便利だ。

以前、友人を茅ヶ崎に招いた際
駅から少し離れたイタリアンのお店へ行きたかったのだが
バスを使うのも味気なく、歩くのでは時間がもったいないという状況だったので
所有する2台のビーチクルーザを家から1台ずつ駅まで移動させ
2人で茅ヶ崎をクルージングして行ったことがある。
友人も思いがけず湘南でチャリに乗ることになり、喜んでくれた。

私はローカルで移動をする場合
運動を兼ねて歩くかビーチクルーザに乗る。

いつも思うことなのだが、乗ってみると頬をかすめる風や
緩やかに過ぎ行く街の景色が思いのほか心地よい。
五感が活性化され、全ての感覚が鋭くなる感じがするのだ。

ちょっと近くのマーケットまでお菓子の材料を買いに行っただけなのに
風を切って走ることの気持ちよさに誘われて
気がついたら海を経由して駅でお茶をしていたりする。

残念ながら、今年は日光アレルギーの症状が強く出てしまうため
日中のクルージングは楽しめそうもないが
夕刻からシャッターをきりがてら走ろうかと思う。

cruising together?


















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